雲が月を覆う。
真っ暗な室内の温度が下がる様な夜空。
静かな吐息が白く消えていく。窓からカーテンを舞い上げて冷たい風が入ってくる。
暗く重そうな空を見る。
吐く息が白く、暗い世界に消えていく。
 もうすぐこの世界を白く染める雪が積もる事を予感させる冷気。
ちらちらと雪が舞う外を見つめていると、雲が少し途切れたのか月光が舞い散る雪を照らしている。
その光は窓を通り暗い室内を照らす。
 雪の様に白いコート。その両手には鈍く光る白銀の刃。
その刃から滴る赤い雫……。コンコンとノックする音が聞こえる。
「さて……。」

 ここは<ゼルドウェイク>という街。 俺達が住む<メルカ=グリネ>の西部に位置する山岳都市で夏は避暑地、冬は雪景色を眺めながらの温泉っての が人気の街だ。今もちらちらと雪が舞っている。
で、俺ユインは国中を旅していて、たった今この街に着いたんだが……。
「ユイン様ぁ。私……空腹と疲労で、もう……。」
 へなへなと座り込んだのは、キカ・ギリー。
俺の幼馴染で今は一応秘書のようなモノだ。
「だから、無理するなって言っただろう。俺も持つって言ったのに『大丈夫です! この程度なんて事はありません!』なんて意地張るからだろう。ほら、貸せ。」
 背負っている荷物を取ろうとすると、
「いえ、ユイン様に持たせるなどしたら私が叱られます!」
「……誰にだよ。」
 背中の荷物を一瞬で前に持っていき抱え込んだキカを呆れた目で見ている。
「シ、シャルローネとか。」
 その名を聞いて、一瞬詰まったが、
「ここには居ないから大丈夫だよ。」
 シャルローネはキカの姉。俺も知っているが、まぁ、なんというか、そんな感じだ。
強引に荷物を取り上げ、
「ほら、さっさと行くぞ。俺は腹が減ってるんだ。」
 キカはふらふらと歩いてきて。
「絶対に言わないでくださいね。」
 と、きょろきょろと辺りを見渡しながら呟いた。
「言わないよ。」
 姉に怯えるキカを横目で見る。
 言えば俺も怒られるだろう……と言うのは黙っておいた。

「すいません、ちょっと<武具携帯許可証>を確認させてもらっていいですか?」
 警官から声を掛けられて俺はポケットから取り出す。
「何か事件でもあったのか?」
「そうで……すねっ!?」
 目を見開いて俺を見る警官の耳元に、
「余計なことは言うな。俺は静かに旅をしたいんだ。分かったな。」
 俺の許可証には普通のとは違い王家の紋章が刻印されている。
ま、普通はシャレだろうと思うのだろうがガナッシュ・シルバ公爵の刻印付き。
それでも調べられたことはあるけど。
「しかし、何か問題が起きれば……。」
「そうなったらそれは俺の責任だ。そっちには迷惑は掛けない。分かったな。」
 黙ったままの警官から許可証を取り、離れる。
「ユイン様、もう少し優しく言ったらどうですか?」
「うるさいな。面倒なのはお前も嫌だろう、それに迷惑を掛けた事もないだろう。」
「まぁ、そうですけどね。」

「何だ?」
「結構人だかりが出来てますね。」
 大きな建物の前に人の群れが出来ている。
「駅はもっと向こうですしね。何でしょうか?」
 駅っていうのは<大陸横断鉄道>の駅。この鉄道は国家を超えて走り抜け大陸をまさに縦横無尽に走っている。無論、このゼルドウェイクにもあるんだが、俺達は自らの足で来た。
……別に金が惜しかったんじゃないぞ、一応念の為に言っておく。
人込みを避けつつも、騒ぎの方を見ながら歩いている。
 建物を確認すると警察署だった。
「押さないで下さい! ちょ……下がってください!」
 大きく声を張り上げているヤツがいる。
「道を開けてください! 正式な発表は後ほど署で行いますので!」
 事件かな? ま、関わる必要もないな。そう思って歩き出した。
「<パッフェ卿>の容態だけでも答えてくれませんか!?」
 耳に入った声に足が止まった。
「後ほど署内で会見がありますから!」
 振り返ると屈強な警官が記者達を足止めしていた。
声を張り上げていたヤツは一足先に入ったのだろう。
「ユ、ユイン様。い、行きましょうか。」
 震える声でそう言って先を歩いていくキカ。

 宿を取り食事も済ませ、部屋で休んでいると、
「ちょ……っと出てきます。」
「ああ、気をつけてな。」
「はい、夜までには戻ってきます。」
 危なっかしい足取りで出て行くキカをソファから見送る。
キカの悲鳴と大きな音、そして「大丈夫ですか!」聞こえてきた。
「ふぅ、俺も行くか。」
 窓の下を歩く腰を摩っているキカを確認してから俺も外に出た。

 痛たた……。
階段から転げ落ちた時に受身を取り損ねたかな。
落ち着けって何度も心で言ってるのに全然気持ちは落ち着かない。
「まだまだ修行が足りないなぁ。」
 街を歩くと、近代化され観光客で賑わう中心街から歴史を感じさせる街並みへと風景は変わっていく。
その中でも一際歴史を感じさせる建物<パッフェ邸>の前に出る。
 屋敷の前には先ほどのような喧騒は無いが、それでもまだ人はいる。
内半分は警官と、
「ロキオン……。」
 事態は私の考えて居るよりも深刻なようです。
私は別にこそこそする必要も無いのですが、どうやら中に入るのにも警官の質問を受けるようですね。
正直に答えるとユイン様に叱られそうだし、カと言ってここで帰るのも……。
 どうしたものかと考えていると、
「……先ほどからここで何を?」
 警官に取り囲まれてました。

「助かりました。」
 暖かい室内のソファに座り礼を言う。
「何気なく窓の外を見ていたら、キカ君が警官達に囲まれていたのを見て慌てましたよ。」
 警官の質問攻めに遭っていた私を助け出してくれたのは<アナリカ・パッフェ>
彼女とは昔からの知り合いで、今も手紙をやり取りなどをしている。
「キカ君は昔のままで安心しました。」
「わ、私も少しは成長してますよ。」
 抗議するが、彼女はお茶の用意をしながらくすくすと笑っている。
笑ってはいるがその悲しげな目元は聞きたい事がある私の言葉を奪ってしまう程に儚げに見える。
私の心を察したのか、アナリカは一瞬目を合わせ、
「父は……亡くなりました。」
 それだけ言って目を伏せた。
 辛いことを思い出せてしまった。
「ご存知かと思いますが……。」
 私の向かいに座り目を閉じてぎゅっと手を握り締めて彼女は語る。
「昨夜、物音が聞こえたので父の書斎に向かいました。いつもより屋敷内の空気が冷たく感じ書斎の扉をノックしました。返事は無かったのですが私は何度も呼びかけノックしました。私の声で母や屋敷の者も駆けつけました。そこで、扉を開けると……。」
 アナリカは肩を震わせ。
「窓は開いていて外の冷たい風が吹いてました。中に入ると父が……。父が……。」
「うん、分かった。」
 涙が零れている。私はアナリカの隣に座り肩に手を……。
「よう、元気か?」
 置けなかった。
顔を上げるとユイン様が立っていた。

 アナリカは食後の片付けやお茶の用意と動いている。
周りの者が止めようにも、
「動いてる方が気が休まるから。」
 と、言うので本人の言うままに任せている。
夫人の方は喋っている方が気が紛れるのだろう。
色々な話をしてくれた。私達の子供の頃の話をずっと喋っている。
時折、子供の頃の勢いで行動した事まで。
懐かしくもあり気恥ずかしいが止める事は無い。
 夜も更け、屋敷を後にしようとするが、
「泊まっていくものとばかり思ってましたので。」
 どうやらすっかり部屋の準備は出来ているようだった。
宿を取っている事を伝えると、
「今更、何を遠慮しているの? 宿代なら払うから荷物を取ってきなさい。」
 子供に言うように夫人に言われ。俺達は、
「あ、はい。」
 と、頷く。後でアナリカがくすくす笑っている。
「ほら、駆け足!」
 夫人に言われ俺達は走り出す。
振り返ると微笑む夫人と、手を振るアナリカが見えた。

 宿に戻り荷物をまとめフロントで話をすると、
「……良い夜を。」
 などとにやにやした宿のおっさんに言われた。
誤解だというのも面倒なのでそなままスルー。
 冷えた夜の空気の中を歩く。中心街はまだ人が居るので若干マシだが、人気が無くなると一気に寒くなる。
どんよりと曇った空模様。今にも降りそうな予感。
「うー。寒いな。」
「明日は雪かもって言ってましたね。」
「マジかよ。」
 空を見上げる。
「で、ユイン様は何してたんですか?」
「俺か? 俺は警察に行ってた。」
 かいつまんで説明した。
俺に武具携帯許可証を見せた警官に声を掛け、卿の事件の資料を持ってこさせた事と、当然この事は内密にする事、もし何か進展があれば知らせる事……。
「あっと、知らせるにしても居場所変わったからその事を伝えないとな。キカ先に帰っといて。」
「遅くならないでくださいよ。」
「剣があるから大丈夫だよ。それに……その方が嬉しいだろ。」
「な、何言ってっ!?」
 暗くてもキカの顔が赤くなっているのが分かる。
俺も宿屋のおっさんのようににやにやしている。
「良い夜を。」
 親指をグッと立ててキカとは別の方へと歩いていく。

 警察署に着く頃には雪が降ってきた。
ほんの少しの時間で街はうっすらと白く染まってきた。
「うは……。これは早くしないと……お。」
 あの警官だ。
声を掛けようとする前に向こうが俺に気付いて、
「ちょうど良かった、……今からお知らせに行こうとしてたんですよ。」
 声は抑えているが、顔は興奮しているように見える。
「来たのか?
 俺の問いに辺りを見ながら隅に移動して、
「ええ……。支部から通報が入りまして。」
「ロキオン……護衛はいなかったのか?」
「いたそうです。それでも<サンレイト>支部長が……。」
「……殺されたのか?」
「いえ、ですが重体と報告がありました。」
「で、犯人は?」
「追跡を振り切ってしまいまして……。これから捜索隊を組織して……。」
「民間からも入れるのか?」
「え? 今回は無理です。何せ相手は武装された危険人物ですからね。民間の方は今回……。」
「よし、俺も行くぞ。」
「え、ちょ、私の話を聞いてましたか?」
「聞いていた。大丈夫だ俺は夜に山道を歩いていた旅行者だ。それで問題は無い。で、どの方に行ったんだ?」
「いやいやいやいや、何も問題解決してないですよ!? 万一の事があったら私は……。」
「大丈夫だ、俺が勝手にやった事だ、お前には何も迷惑は掛けないよ。で、どの方角に向かったんだ? どんな格好してるんだ?」
 頭の中では色々な考えが駆け巡っているのだろう。そして、出された結論は……。

 警察署から駆け出し捜索隊より先に見つけないと。
街灯がぽつんぽつんと等間隔で立つ山頂への道を駆け上がる。
遠くから見ていると綺麗な眺めなんだが、当然ここからでは見えない。
降り積もる雪が徐々に深くなってくる。こりゃ朝には麓も積もってるかもな。
乱れる息を整えつつ真っ暗な麓は当然見えない。
真っ黒な夜空。灯りは街灯とその灯りに照らされた白い雪。
しんしんと降り続く雪を踏み知る音と俺の呼吸だけが聞こえる。
『ゼルドウェイク展望公園』
の看板が見えてきた。
こっちには来てなかったのか、と落胆する。
が、せっかく来たのだからと庭園に入る。

 思ってたより広い庭園。天気のいい日に来たいな。と思いつつ雪模様の公園を歩く。
本格的に降って来た雪を最初は楽しんでいたが、あまりにも本格的に降ってきたので屋根下へと逃げ込んだ。
「やばそうだな。」
 雪を払いつつ空を見る。相変わらず真っ黒で雪が降り続いている。
まぁ、帰れないことはないだろう。小一時間走ってきたんだから戻るのもそれくらいだと希望を持ちたい。
ポケットの中身小銭を発見し、何か暖かい飲み物でもと思うが値段は
、「……山値段か。」
 残念ながら所持金足らずで買えず、気合を入れないしていると、
「ん?」
 俺が入ってきた方から人の声がした。
 その姿は、黒く長い髪に白い雪と同じ色をしたコートを着て、足は黒いブーツを履いた女。
目が合う。微笑む相手に俺は……。

 サロンには夫人とアナリカが喋っていた。
二人分の荷物を抱えた私を見て、
「あら、ユイン君は?」
「ユイン様は警察署に用があるとか無いとか……。」
 途中で言って良いものなのかどうか迷った。
私の言葉に不安を感じたアナリカ。夫人は微笑みながらアナリカを見つめて、
「帰ってくるわ、さぁ、部屋を暖かくして待ちましょう。」
 窓の外は雪が本格的に降っている。
「ユイン様は大丈夫かしら?」
「子供じゃないんだから大丈夫よ。今頃は熱いコーヒーでも飲みながら雪を見ているのでしょう。」
 ……。
ユイン様のお財布は私が今持っているバッグに……。

 白い世界に火花が散る。
「いきなりね。」
 刃越しに見つめる目は慌てるわけでもなく戸惑う風でも無い。
顔の前で交差した二本の剣赤く染まっている。声から察すると、
「女か。」
 凛とした眼差しに気圧されそうだ。
「何だと思ったわけ?」
 女性らしい声。見た目は少女だがアナリカよりも大人っぽい雰囲気を纏っている。
「パッフェ卿やロキオンの支部長さん襲撃犯。」
 事務的に感情を込めずに言う。
「……仇討ち? 今時流行らないわよ、それに。」
 言葉を切り、右手の剣が外され下から切り上げてくる。後ろに飛んでその一撃を避ける。
左手の剣の切っ先が俺を指し示しながら、
「アナタも被害者になるわよ。」
 山頂の冷気に負けないほどの殺気が発せられる。
「は、やってみろよ。」
 気圧されないようにするのが精一杯だ。
 速い! 踏み込むと同時に目の前に現れる感覚。それに加え両手の剣が速い。
右を避ければ左が、またはその逆。リーチは俺が有利なんだが、離れても間髪入れずに踏み込んでくる。
このままじゃ一気に押される。
剣から左手を離しタイミングを計り女の右からの攻撃に合わせる。
一瞬バランスを崩すが立て直そうと踏ん張るが、足元は雪。
「きゃっ。」
 場違いに可愛い悲鳴が上がる。
その声に微妙な罪悪感を感じつつも剣を振り上げる。
 体勢を崩しながらも左手で剣を受け、右手は攻めてくる。
一歩後に下がり避け二歩踏み込む。体勢は立て直させない。
剣を両手で握り、振り上げた剣を振り下ろす。
降り抜いた剣は雪の下の石畳に打ち込まれる。
鈍い衝撃が腕を痺れさせる。
女は後に避けたがバランスを崩し尻餅をついている。
 女が立ち上がる前に距離を詰めるのと立ち上がるのが同時。
足払いを避け剣を突き出す。剣を払い逆に剣を突き出してくる。
俺が剣から片手を外すと女はそれ以上攻めて来ない。
すぐさま剣を握り直し反撃に出る。切り上げる剣は二本の剣で作られら防御を打ち崩すがすぐさま反撃にくる。 攻防が一瞬で切り替わる。
 本格的に降っている雪は視界を白く染める。そんな中お互いが肩で息をしている。
女の白いコートは一瞬でも目を離すと雪と同化してしまいそうだ。
そして、
「まったく……せっかく撒いてきたのにアナタの所為で追いつかれたわ。」
 庭園の入り口から数人の声が聞こえる。
「俺の所為じゃないだろ、自業自得って言葉知ってるか?」
「ふふ……もう少しなんだけど時間切れね。」
「そう急ぐなよ。」
「悪いわね。仕事以外で剣を使うのはポリシーに反するの。」
「じゃ、ここでは良いのか?」
「降りかかる火の粉は払うのは当然でしょ。それに仕掛けてきたのはアナタでしょ?」
 女は後ろとの距離を確認しつつ、少しずつ移動している。
移動している分は俺も追いかけている。
俺へと向けている意識が僅かでも疎かになれば一気に……。
「私は<ラビット> キミは?」
 場違いな質問。殺気は消え反対に友好的な視線が俺を見ている。
「名乗ったんだから教えなさいよ。」
「本名じゃないだろ。」
「どうかしら……?」
 悪戯っぽく笑う顔や雰囲気は少女のよう。
「ユイン。」
 答えてしまった。が、後悔はいつも送れてやってくる。
「ふぅん。ユイン、ね。じゃ、またね。」
 雪を蹴り上げ、視界が白一色になる。
ヤバイ。足音が迫ってくる。剣を構え一撃を防ごうとするが、切っ先は俺の頬を撫でそのまますれ違っていく。
 視界が戻った時には、あの警官とその仲間がいた。

 署に連れて行かれ事情の説明を求められた。
が、そんなに時間はかからなかった。
俺の素性がバレたのとタイミングよくキカやアナリカが来たのでそれほど長くは居なかった。
「来てくれて良かったよ。」
 雪まみれになった俺の服は二人が持って来た服へと着替えた。
「で、何があったんですか?」
「警察署へ行くと言っておきながら、聞けば山頂庭園に居たとか。」
 二人からの質問を適当にあしらっていたら、
「ま、同じ話を何度もするのはお嫌でしょうから、その頬の傷も含めて何をしてらっしゃなか母から聞き出してもらいましょう。」
 アナリカはにっこり微笑み、キカは心配そうな目線にご愁傷様といった複雑な表情。
 アナリカは真っ白な雪へと一歩踏み出すとその足元からきゅっと音を立てた。
夜はまだまだ続きそうだ。前を歩くアナリカが振り返り、
「さぁ、帰りましょうか。」

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